TOP業界人インタビュー >カリスマパティシエの部屋:西原 金蔵さん

Room No.019  パティスリー オ・グルニエ・ドール  オーナーパティシエ 西原 金蔵さん


履歴書

1953年 岡山県赤盤郡(現赤磐市)吉井町出身
1972年 東地元企業に就職
1975年 京都グランドホテル(現京都リーガロイヤルホテル)入社
1978年 辻調理師専門学校入学
1979年 渡仏 レストラン『レカミュ』などで修行
1981年 帰国
1983年 神戸ポートピアホテル内レストラン『アランシャペル』入社
1987年 再度渡仏『アランシャペル』ミヨネー本店製菓長就任
1989年 帰国 ホテルオークラ神戸 副製菓長就任
1991年 (株)資生堂パーラー総製菓長就任
1997年 美家古食品(株)トロワグロ事業部 食品企画管理部長 製菓長就任
1998年 シーサイドホテル 舞子ビラ神戸 総製菓長就任
2001年 オ・グルニエ・ドールオープン
この間、1981年アルパジョン ピエス・アルティスティック部門 銅賞、コミテ アンテルナショナル・ガストロノミード・フランス 銅賞受賞。

 

 


インタビュー

アイコンの説明:   西原 金蔵シェフ   スイーツ大好き委員会

はじめまして。よろしくお願いいたします。シェフは岡山県出身との事ですか?
西原シェフ そう。今は赤磐市になりましたが、少し前までは赤磐郡でした。妻の郷里は京都なので、初めて連れて行ったときに、「私にも田舎が出来た」って喜んでくれましたね。ようするに典型的な田舎なのかな。山があって川があって。いい所ですよ。
空気もおいしそう。岡山には高校までいらしたのですか?
西原シェフ 私は姉3人の4人兄弟。末っ子で長男ですから、自分で言うのもおかしいかもしれませんが、甘やかされて育ちましたね。ただ、長男ですから家を継ぎ、守らなくてはいけない。どうしてもなりたい職業もなかったので、高校卒業後は、父の薦めに従い、父の勤務する会社に就職しました。
では、いつ頃からパティシエを目指されるように・・・?
西原シェフ 地元で約3年かな?勤めましたが、何か自分のやりたいこととは違う気がして。以前からバイトで経験のあった接客の仕事に興味があったので、「ホテル学校に行きたい。」と親父に頼み、親戚も多く、私自身も地理感のあった京都グランドホテルに就職しました。
よくお父様は許してくださいましたね。
西原シェフ 3年、父の言うとおりの道を歩いたことで納得してくれたのかな?今では、自由に羽ばたかせてくれたことに、とても感謝しています。
ホテルでのお仕事はもちろん、ご興味のあった接客ですよね?
西原シェフ そうです。コーヒーショップ、宴会場、レストランなど、3年ですべてのホールを経験しました。中でも強く興味を持ったのがホテルのバー、名前は『グラナダ』だったかな?あの独特な空間にたまらなく憧れましたね。私はお酒が飲めないので、もちろんバーテンダーになりたいわけではない。それでも、バーの空間に少しでも長くいられるようにするにはどうするか。「お酒と一緒につまめるおいしい食べ物を作くれたら・・・。」そう思ったのが、料理に興味を持ったきっかけでしょうか。
それ以外にも、ホテル時代は若かったし、色々な経験をして楽しかったですね!
思いもよらない転換にびっくりです!!ホテル時代の色々な経験も気になります。
西原シェフ そうだな・・・。冷や汗をよくかいたのは、その当時多かった海外から来る団体旅行のお客さんの接客。朝のコーヒーショップはほとんどが外人さんで、細かい注文も多く、言われていることがチンプンカンプンで、ヒヤヒヤしながら応対しましたね。
面白いところでは、田舎から出てきた新人は、先輩に騙されて、見たこともないのをいいことに、タバスコをスプーン1杯味見させられたり、生クリームを牛乳だと言って渡されて、疑いもなしに飲んで「京都の牛乳って濃いですね」と言う新人がいたりね・・・(笑)。
なんとも体育会系ののりですね。シェフもタバスコ攻めにあったとか?
西原シェフ タバスコも生クリームも、免れました(笑)。
ホテルで調理に興味をもたれたことで、調理学校へ進まれたわけですね。
西原シェフ これは、私にとってとてもよい選択だったと思っています。自分のしたいことが分かってから専門学校で学ぶと、疑問や知りたいことが鮮明な分、深く吸収できる。これは私の息子にも、アドバイスとして伝えました。また、この場所で開催しているお菓子教室の教え方にも影響していると思います。
その影響とはどんなことでしょうか?
西原シェフ 自分が知りたかった、なぜ、どうして、を作る工程の中でじっくり説明するようにしている点でしょうか。
お菓子は料理に比べると、材料をきちんと計り、説明書や教えられた通りに作るのがあたり前になっていますし、プロのパティシエでも、そのことに疑問を持っている人は少ないのではないでしょうか。ただ、淡々とこなす。でも、その作業の必要性を理解することが出来れば、より深くお菓子作りを理解でき、応用の幅も広がると思うのです。
素晴らしいお教室ですね。では、生徒さんもプロの方が多いのでは。
西原シェフ そうですね。実際に生徒さんを教えている方や、修行中の子も多いですね。
調理師学校の後に渡仏されていますが、シェフは行動派ですね。すごい。
西原シェフ いえ、周りの人に恵まれたのだと思います。調理師学校の後、淡路島のホテルで半年、住み込みしながらサービスとして勤めたのですが、その時、ホテルに来られたフランス在住のミュージシャン福田ワサブロー氏と懇意にさせていただき、フランスに誘っていただいたのです。
どこで大きな縁に出会えるか分かりませんね。
西原シェフ 本当にそう。料理に興味を持っている者として、食の本場、フランスはもちろん魅力的でしたし、迷うことなく渡仏しました。1回目の渡仏では、レストランで働いたのですが、そこでは料理もデザートも何でもこなしましたね。多くのレストランではオードブルとデザートは同じ人が担当していましたから。ただ、この時からお菓子に触れる機会が多くなりましたね。
お菓子専門でやられていたわけではないのに、帰国前に2つのコンクールで銅賞を受賞されていますよね。
西原シェフ 帰国前に、フランスで修行した記念にとチャレンジして、銅賞をいただきましたね。
シェフがパティシエにならうと決められたのは受賞がきっかけとか?
西原シェフ いえ、そんなことはないです。子供の頃から甘い物が大好きでしたから、もともと興味はありました。完全にパティシエに絞られたのは、アランシャペル氏の神戸ポートピアホテル内の店で働くことになった時からですね。
アランシャペル氏とは、どんな出会いだったのですか?
西原シェフ アランシャペルの料理の素晴らしさは、フランスでも評判で、現地にいるときから食べてみたかったのですが、1杯のキャフェオレを飲むのも迷うような生活をしていましたから、当然高嶺の花。その当時、神戸ポートピアホテルに彼のレストランが出来たことを知っていたので、帰国してまもなく食べに行きました。
その時に偶然再会したのが、その当時、神戸ポートピアホテルの総料理長に就任していた、元京都グランドホテル時代の総料理長。ちょっとややこしいですね。ようするに昔の上司です。
京都時代、私はサービスでしたが、調理場へはよく出入りしていたこともあり、かわいがってもらっていて。そこで、京都グランドホテル後の経歴を話していたら、ちょうどアランシャペル氏がパティスリーのシェフを探していると言う話をしてくれ、「紹介するよ!」と、願ってもない話になったわけです。
すごい、強運といいますか、太い綱のようなご縁ですね。
西原シェフ いやいや、実はこの綱、クモの糸のようになったこともあったのです。
えっ、それは何ですか?
西原シェフ 総料理長から話をしてもらったのに、ホテルの人事側と条件面等で折り合いがつかず、辞めることを決めたのです・・・。
えっ!!
西原シェフ で、総料理長に挨拶にいったら驚かれましたが、「1週間後にアランシャペル氏が年2回のイベントにあわせて来日するから、せめてそれまでいたらどうだ。」と薦めてくれ、1週間辞めるのを伸ばし、アランシャペル氏に会うチャンスを持てました。
これがクモの糸ですね。
西原シェフ そう。彼が来るとホテルではイベントをするのですが、そこで出すデザートを彼に相談に行くと、「思うようにやりなさい」とさらりと言われて。時間はあまりありませんでしたが、2,3日かけてたくさんのお菓子を作り、フェア初日にお客様にお出ししました。それを食べるお客様の反応を見た翌2日目、彼はたくさんの注文を私に投げかけ、質問してきましたね。翌3日目は、背中越しに彼がじーっと私の作業を見ているわけです。
今から思うと、彼は私をテストしていたのですね。フェア終了後、彼は、私が辞めることになっている事実を知ると、すぐに社長と話をつけ、私の希望する条件での就職を取り付けてくれたのです。実力を認めてもらい、話を通してくれたことを彼に感謝すると同時に、人事でもやもやしていた気持ちがすっきりしましたね!!
きちんと対応してもらえなかった人事の方を、見返したわけですものね!!
西原シェフ 神戸での3年間、私は彼がフェアで来るたび、感謝の気持ちをこめて細工菓子を作り、出迎えました。彼もことのほか喜んでくれ、時にはフランスまでファーストクラスの座席を確保して、持ち帰ってくれたこともありました。うれしかったですね。
着実に信頼関係をはぐくまれていったわけですね。そして、アランシャペル氏の本店へ。
西原シェフ フランス・ミヨーネでの2年間は私にとってかけがえのない時間でした。彼は、自ら市場へ赴き、吟味して買ってきた材料を持ち帰ります。季節感をとても大切にしますが、日本の四季とは、もちろん違いますし、素材も違いますから、これまでの経験と五感をフルに使い、頭をひねるので想像力はつきましたね。
また、大切な儀式として、彼は、市場で買ってきた思い入れのある素材を、それぞれの部門の責任者に手渡しし、簡単な希望を伝えます。もちろん彼が途中見に来ては説明を求め、アドバイスや、的確な指示をしますが、いくら彼がアドバイスを入れても、出来上がったお気に入りの料理は、私が作り出した最高の料理として賞賛し、スタッフを集めて褒め称えてくれます。彼の人をやる気にさせる力は桁外れでしたね。
聞いているだけで興奮してきます。その人のために何かしたい、そう思わせてくれる人との出会いは素晴らしいですね。
西原シェフ また2年間の間、彼が行く世界中へお供させてもらいました。そこで席を並べて同じ物を味わい、彼の感じ方を共感できたことで、味覚がものすごく研ぎ澄まされました。素材中心の今の私のお菓子作りの原点は、こうやって築かれたものです。
なるほど。フルーツ専用のセラーをもたれているのも、そのことに関係していますか・・・?
西原シェフ そうですね。お菓子作りの世界では、味のブレと販売価格を恐れるあまり、2次的加工品を使うことも少なくありません。しかし私は、アランシャペル氏が本のタイトルにもしている「ルセットを越える」、彼から教わり私も大切にしているこのことを実践に移すために、素材の持つ力がとても重要だと実感しています。素材の最高点を見極めて使う、そのためにセラーが必要だったわけです。効率を優先させれば、たくさんのケーキをつくれるかもしれません。でも、最高においしい物を作りたいと思うので、素材の妥協は、やはりできませんね。だからどうしても不効率になってしまい、お客様にご迷惑をおかけしています。わがままな商売をさせてもらっています。
買い手としては色々食べたいけれど、お話を聞くと納得です。お店=(イコール)ご商売と言う中で、なかなか出来ることでないと思います。そして帰国後は、武江シェフからもお聞きした『資生堂パーラー』の製菓長に就任されたのですね。
西原シェフ 帰国後、自店をオープンするまでいくつかの会社にお世話になりましたが、私にとっても銀座時代は楽しい思い出です。
その当時の資生堂パーラーは、外部で購入したお菓子が並んでいたので、会社側も私に「遊んでください。」と全権をゆだねてくれて。イメージ的な希望は武江シェフのいた『和光』だったのですよ。せっかくの機会でしたから、フランス時代から温めていたピラミッド型のケーキをはじめ、今はよく見かけるまっすぐ、きっちりとケーキを整列させるディスプレイなどにも挑戦しました。
資生堂時代と、現在のお店ではディスプレイの方向性が全く違いますね。
西原シェフ 現在のディスプレイは、フランスの昔のお菓子の見せ方である「フランススタイル」を縮小してみたり、使用した素材を近くに置くことで味を感じてもらいやすいように工夫しています。そして何よりも見て楽しんでもらえることを心がけ、ケーキのおいしさをショーケース全体で表現できればと思っています。
なるほど。あまりの完成された絵画のようなショーケースにうっとりしてしまいました。そういえば武江シェフが、“ピラミッド”をその当時、あの斬新な形にびっくりしたと、言っておいででした。
西原シェフ 喜んでもらえて光栄です。あの当時は、一時流行した“カヌレ”の情報なども、教えてあげるとみんなそれぞれに一工夫して作ってくれて。1つの話題から色んな可能性が生まれて面白かったですね。
カヌレの発信源はシェフだったのですね。大好きなのですカヌレ。まだまだ、お聞きしたいことはありますが、最後にシェフお勧めの京菓子を教えていただけますか?
西原シェフ 私のお気に入りは『餅月』です。この店はこのお菓子だけだったと思います。まるく焼いた生地の周囲に帯状の生地を巻き、中にあんこを詰めた回転焼きのような和菓子です。
まだまだ、色々お聞きしたいのですが、次回ご登場いただくシェフをご紹介いただけますか?
西原シェフ では、私が資生堂パーラーに入た時に2番として活躍してくれ、その後、資生堂パーラー、レストランロオジエの製菓長を勤め、昨年の5月に自店をオープンしたパティスリースリールの岡村シェフを紹介します。
前から気になっていたお店なので楽しみです。長い時間ありがとうございました。
西原シェフから岡村シェフへのメッセージ
自分の個性を存分に出したケーキ作り、楽しみにしています。頑張ってください。
パティスリー オ・グルニエ・ドール
おすすめスイーツ

2006/1現在
『木いちごのシブースト』(400円)。フランボワーズとアパレイユを流し込んだサクサクの土台の上に、ふわっふわのシブーストクリームがのった味わい、食感共に五感を刺激される、シェフこだわりの1品。
『ジャスミンティーのプティポット』(470円)。アランシャペル氏のもとで働いていたときから作り続けているシェフ思い出の1品。
『リンツァトルテ』(380円)。生地とフランボワーズのコンフィチュールだけで作る伝統菓子に、クレーム・ダマンドを合わせ、基本を守りながらも親しみやすいタルトに仕上げた1品。
まるでお花畑のようなショーケース。商品によってディスプレイも変わるので、行く度に見る楽しみが・・・。
華やかなフルーツののったお菓子と、チョコレートなどのシックなお菓子がバランスよく配置されている。
ショーケース全体は、まるで絵画のよう。お客さんの目はもちろん釘付け。
今の季節(2月)は苺がたっぷり使われた生菓子が多く並べられている。
上の段には持ち歩きしやすい焼き菓子が豊富に揃う。
コンフィチュールのティスティングコーナー。すべての味を楽しめるのがうれしい。
ギフト用の詰め合わせも予算に応じて多数用意されている。
道路から少し中に入り、長く続くイートインスペースの壁には、シェフとスタッフ皆さん、そして美しいお菓子の写真が並ぶ。
中庭のような自然光が降り注ぐイートインコーナー。
道路から最初のドアまでは緑の通路が続く。
シェフが作った細工菓子。細部にまで工夫が凝らされた芸術品。
お菓子教室の一角には、道具や菓子材料の販売コーナーがある。
教室はゆっくりとくつろぎながら勉強できる環境が整う。

ショップ情報

パティスリー オ・グルニエ・ドール

  • TEL:075-213-7782
  • 住所:京都府京都市中京区堺町通錦小路上ル527-1
  • 営業時間:11:00~19:00
  • 定休日:第2火曜日(不定休)・水曜日

<お菓子教室紹介>

ルッソン・デユ・パティシエ エスパス・キンゾー

  • TEL:075-257-2480
  • 住所:京都府京都市中京区堺町通錦小路上ル519-2
  • 毎月6~8回開催。
    定員は30人で、1回3時間、6300円(6回31500円のお得なチケット有り)

アメリカン・ナッツカフェ

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